東本願寺 永代供養の納骨



納骨堂とお墓

納骨堂とお墓について考えてみたいと思います。
納骨堂とは、墓地に遺骨を埋葬するまでの間、一時的に遺骨を預けるという施設であった経緯があります。

 

 

しかし今では、一時的な遺骨の整理先としてではなく、更新可能の期間がある施設となり、恒久的に遺骨を祭祀する施設の役割が大きくなっています。

 

 

それは、結婚しなくなった人が増えたり、子供や後継ぎがいない夫婦も増えてきて、自分たちが亡くなった後をどうするのか色々と悩む様になってきたからだと思います。

 

 

ただし、ある程度生活に余裕が無いと、そんな先まで考えられる訳ではありません。
寧ろ、身寄りが無くて施設で一人ぼっちで亡くなる人の方が多いかもしれません。

 

 

後は野となれ山となれで過ごすのか、少しぐらいはあの世のことに思いを馳せるかで違ってくる来るものです。

 

 

また、宗教観にもよるのかもしれませんが、今まで無宗教だった人が、いよいよこの世に暮らすのもそう長くないと考えた時に、どんな行動を取るかということでしょう。

 

 

もちろん、子供がいても音信不通だったり、あとを任せにくい事情があったり、子供に変に負担をかけたくないという親心というのもあるでしょう。

 

 

死んでしまえば何も分からないのだから、どうでもいいと考える人もあるとは思いますが、せっかくこの世に生まれてきたのだから何か足跡が欲しいと考える人もあるでしょう。

 

 

尤も、そんな人でも、自分の死後何十年も永代供養をと思う人は少ないかもしれません。
要は永代供養といっても30年か50年あれば十分だと考えるのです。

 

 

永代供養は33回忌というのが一つの区切りでしょうか。
まあ、それぐらいの期間何とかこの世と繋がりがあれば十分だと思うのは、人生50年の時代ではなく、仮に90年の時代になっても、その1/3ぐらいの割合なら何とか満足できるかなという折り合いの期間かもしれません。

 

 

でも考えたら、30年以上というのは大変な長さでもあるのです。
やはり、子孫に頼るのではなく、自分で何とかしておきたいと考えて納骨堂を探すのは自然な流れかもしれません。

 

 

一方、お墓の場合は、地元に先祖代々のお墓があるというケースが多いと思います。
その場合は、自動的にそこに入ることが保証されている様なものですから、余り納骨堂のことは考えないかもしれません。

 

 

しかし、たまにお盆やお彼岸にお墓にお墓に行ってみると、草ぼうぼうで水は干上がり、赤茶けたお花や、苔の生えかけた墓石を見て、どう感じるのでしょうか?

 

 

とても住みやすいマンションの様には思えないでしょう。
ここに入って肩身の狭い暮らしをするのなら、共同のものでもいいから管理の行き届いた納骨堂の方を選んでおくかな、と考えても不思議ではありません

 

 

私のところは浄土真宗の大谷派、つまりお東さんです。
田舎ですので当然にお東さんの菩提寺があります。
また、小さいながらもお墓を構えています。

 

 

しかし、私の知っている限りでは御祖父さんの骨は、分骨して東本願寺にもお預けし、菩提寺にも納骨堂があるのでそこにもお願いしていると思います。
要は、アチコチに足跡があるわけです。

 

 

色々なところでお経をあげてもらい供養をしてもらえるのなら、それもいいかなとも思います・・。